作 みうらしゅうじ
絵 しみずともひろ
そのふしぎなものは 橋のうえにあった
きみょうにゆらゆら 揺れている
水に沈んだ毬藻って こんなふうではなかったかな 2-3.
いったい何だろう
ぼくは近付いた
そしたらそれはじぶんから弾んで飛んできて
自然と差し出した手に乗った
そしてふしぎな力で ぼくを引っぱっていこうとする
黒い色で もやっとしていて
まえから馴染みのもののような感じ
のぞきこめば 数えきれない星々が見える 4-5.
ぼくはそれを「夜」と呼んだ
ちいさな夜
おおきなくらい 遠い夜にはぐれた迷子のかけら
もといた夜に かえしてやらなければならない
ぼくはそのちいさな夜といっしょに 森へはいった
森にはきっと おおきな夜がまだ残って 待っていてくれるだろう 6-7.
ねえ しまりす
この子の夜を見なかったかい
見たよ いつも見ているよ
しまりすは巣から顔だけ出して
あっち あっちのほうへ行ったよ
と言った 8-9.
ねえ ふくろう
夜はどっちへ行ったかわかる
夜はどこへも行かないよ
ふくろうは片目だけ閉じて
もう一度 夜はどこへも行かないよ と言った
動いてどっかへ行くのは
わしらの方さ 10-11.
通りかかったしかの親子にきいた
ふたりの目は 夜のようにまっくろだったから
子じかがなにか言いかけたが おかあさんじかが静かに言った
むだなことを おしでない
あまり夜を追いかけると もう 帰ってこれなくなってしまうよ 12-13.
それでもぼくと迷子のかけらは 夜をさがして ずんずん森を進んで行った
もやが立ちこめるところまでくると ふいに ぼおお と 汽笛が鳴った
ちいさな汽車が ぼくらの近くに来た
いつの間にか夜は ずっとちいさくなっていた 14-15.
ぼくらはその汽車に乗った
汽車はじょうずに 森の木と木を抜けて行く
せっせせっせと 汽車は走る
小鳥がさえずり 土の匂いが濃くなった 16-17.
18-19.
20-21.
気が付くと あたりは暗くも明るくもない森のまほろば
夜と朝の合わさるところ
この子の夜は 何処へ行った
遠くはぼんやりかすみ ふしぎなたたずまい
−―――――――と、とつぜん 22-23.
おれのうえで
うろうろするのは だれだ〜 24-25.
それは 夜をのみこむほどおおきな
この森のぬし くまだった
夜はおれのなかにある
おれが目を覚まし 伸びをして おもいきり息を吸うと
夜は勝手にはいりこんでくる
だからおれのなかには
億万年の夜と 夜を照らす星々、銀の河がさざめいている
そのちいさなやつも 入り忘れた夜だろう
そういえば きのう
久しぶりにぶんぶんからだを揺らして踊ったら
森じゅう 山じゅう 河じゅう みんなふるえあがった
水も土も大揺れで 波が立ち ほのおも上がった 26-27.
おまえはわしとは関係ない むろん夜ともかかわりない
その子はわしが預かる はやくみんなのところへ帰れ
そう言うとちいさな夜をかかえて
くまは背を向けて動きはじめた
おおきな山のようだったからだは
だんだんちいさくなって 消えた 28-29.
あたりはすっかり明るくなった
日がのぼり 朝が来たのだ
森のそとへ光りをはこぶ鳥のはばたきが湧いた 30-31.
むこうから 手を振ってぼくを呼ぶ おかあさんの声がきこえる……
32.
おわり